gaku-GAY-kai 2024 贋作・桜の園
gaku-GAY-kai 2024 贋作・桜の園
第一部はロシアの劇作家チェーホフの名作「桜の園」を贋作化!
没落貴族と新興階級が繰り広げる悲喜劇を
ゲイタウン新宿2丁目を舞台に翻案!
第二部はここでしか見れないパフォーマンスが盛りだくさん!
日程:2024年12月29日(日)~30日(月)
12月29日(日) 14:00※第一部のみ/18:30
12月30日(月) 14:00/18:30
*29日(日)14:00の回は第一部「贋作・桜の園」のみ上演します。
*開場は開演の30分前となります。
*第一部第二部通しての上演時間は約3時間から3時間20分、
第一部「贋作・桜の園」のみの上演時間は1時間40分です。
上演時間の最新情報は、フライングステージ公式Xでお知らせします。
*第一部と第二部の間に15分間の休憩をいただきます。
会場:新宿スターフィールド 東京都新宿区新宿2-13-6 光亜ビルB1F
・丸の内線新宿御苑前駅より徒歩5分 https://x.gd/6RloR
・丸の内線新宿三丁目駅(伊勢丹交差点)より徒歩8分 https://x.gd/NFkuG
・都営新宿線新宿三丁目駅C8出口より徒歩5分 https://x.gd/uFj8y
チケット:全指定席 予約・当日とも4,000円
*29日(木)14:00(第一部のみ上演)は予約・当日 2,000円
*キャッシュレス決済対応はしていません。
*当日券は開場と同時に発売します。
*予約受付開始 11月30日(土)10:00〜
チケット予約:予約ページからご予約ください。
電話、FAX、メールでのご予約はできません。
https://ticket.corich.jp/apply/350895/
【空席情報】2024年12月22日現在
12月29日 14:00 ★★★★★☆☆☆☆☆(第1部のみ上演)
12月29日 18:30 ★★★★★★★★★★ 満席御礼
12月30日 14:00 ★★★★★★★★☆☆
12月30日 18:30 ★★★★★★★★☆☆
第一部 贋作・桜の園
原作:アントン・チェーホフ
作・演出:関根信一
出演:石坂 純、エスムラルダ、オバマ、岸本啓孝、木村佐都美、さいとうまこと、坂本穏光、関根信一、中嶌 聡、水月アキラ、モイラ、水島和伊、和田好美
*長谷川愁斗は体調不良のため出演できなくなりました。ご予約のキャンセルを希望される方はyoyaku@flyingstage.comまでご連絡下さい。公演は予定通り行います。
第二部
「アイハラミホ。の驚愕!ダイナマイトパワフル歌謡パフォーマンスしょー」
アイハラミホ。*29日のみ
「佐藤 達のかみしばい 僕の話をきいてください」 佐藤 達
「ドラァグクィーン ストーリータイム」 関根信一
「水月モニカのクイアリーディング」 水月モニカ
「ふんわり小夜子ショウ リヴァイタル:レシタル」 モイラ
「ジオラママンボガールズの明鏡止水」 ジオラママンボガールズ
「中森夏奈子のスパンコール・チャイナイト vol.16」 中森夏奈子 ピアノ:ちゃっく澤幡
「今年もアタシ、第二部で何かやろうかねえ」 エスムラルダ
照明:伊藤 馨
音響:樋口亜弓
衣裳:石関 準
舞台監督:岸本啓孝、水月アキラ
制作:渡辺智也、三枝 黎
フライヤーイラスト:ぢるぢる フライヤーデザイン:三枝 黎、石原 燃
主催、企画製作:劇団フライングステージ、関根信一
協力:CoRich舞台芸術!
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京【東京ライブ・ステージ応援助成】
*最新情報、タイムテーブルは劇団フライングステージ公式Xアカウント@flyingstage をご確認ください。
*お問い合せはフライングステージまでどうぞ。stage@flyingstage.com
●会場の新宿スターフィールドは地下1階。エレベーターはありません。
階段の昇降が必要ですのでご注意ください。
●チケットは当日受付精算で承ります。
●37.5度以上の発熱がある方、体調がすぐれない方は、ご来場をご遠慮ください。
●泥酔および酒気帯びでの入場はお断りいたします。
●客席内ではふたのついた飲み物以外の飲食はご遠慮ください。
●客席内での不織布マスクの着用を推奨いたします。
マスクをお持ちでない方には、当日、無料でお渡しいたします。
この季節、安心して観劇いただくためにご協力をお願いいたします。
上演台本の一部を公開します。
神西清訳「桜の園」を参考にしています。
贋作・桜の園
原作 アントン・チェーホフ
台本 関根信一
【登場人物と配役】
ラネーフスカヤ(女地主) エスムラルダ
アーニャ(その娘 十七歳) 木村佐都美
ワーリャ(その養女 二十四歳) モイラ
ガーエフ(ラネーフスカヤの兄) 関根信一
ロパーヒン(商人) 石坂 純
ヤーコフ(ロパーヒンの部下) 水月アキラ
トロフィーモフ(大学生) さいとうまこと
ピーシチク(地主) 和田好美
シャルロッタ(家庭教師) 岸本啓孝
エピホードフ(執事) 水島和伊
ドゥニャーシャ(小間使) 坂本穏光
フィールス(老僕 八十七歳) 中嶌 聡
ヤーシャ(若い従僕) オバマ
浮浪人 水月アキラ
* * * * *
第一幕
ラネーフスカヤの邸宅。この屋敷は、彼女の自宅でもあり、社交場としてのサロンでもある。サロンの名は「子供部屋」。
いくつか椅子が置かれている。
4月の夜明け近く。屋敷の広大な庭は満開の桜が夜風に吹かれている。
新宿追分の停車場に着いた汽車の汽笛が遠く聞こえてくる。
ロパーヒンとドゥニャーシャが登場。ロパーヒン 汽車が着いたようだ。ドゥニャーシャ、何時だろう
ドゥニャーシャ まもなく五時。もう夜が明けますわ、ロパーヒンさん。
ロパーヒン ずいぶん遅れたんだな、新宿追分の停車場まで出迎えるつもりでここへ来たのに、寝過ごしてしまった。なんで起こしてくれないんだ。
ドゥニャーシャ ぐっすりおやすみでしたから。おつかれなんですね。
ロパーヒン ああ、仕事仕事仕事だ。
ドゥニャーシャ お忙しそうで何よりですわ。
ロパーヒン ラネーフスカヤさんは、お元気かな。ここ新宿二丁目を出て、神戸で五年も暮らしてたんだから、さぞご苦労されたことだろう。ほんとにいい方だよ。きさくでさばさばして。忘れもしないが、おれがまだ十代のガキだったころ、この町に初めてやって来た時、右も左もわからなかった。ドギマギしながらコートの襟を立てて歩く男たちをただ眺めて立ち尽くしていたら、声をかけてくれたんだよ。「この町は初めてなのね、ぼうや、良かったらうちにいらっしゃい」そう言って、ここに連れてきてくれた。男たちが楽しそうに話してた。それがおれのこの町新宿二丁目との出会いだったのさ。ぼうやか。俺も若かったな。それが今はどうだ。すっかり年をとってしまったよ。
ドゥニャーシャ いいえ、まだまだお若いですわ。この町ではモテモテだと聞いてますわ。
ロパーヒン そんなことはない。だからこの年まで一人でいるんじゃないか。どうしたんだ、ドゥニャーシャ?
ドゥニャーシャ 私、男の方と二人きりになるとドキドキしてしまうんです。手がぶるぶるして、気が遠くなって失神しそうですわ。ああ、めまいがする。
ドゥニャーシャ、倒れそうになるが、ロパーヒンが助けてくれないので、自分で立ち直る。
ロパーヒン しっかりするんだな。あんたはここの使用人、お嬢様じゃないんだから、身の程をわきまえるんだ。そんな見せかけやそぶりで男があんたに惚れると思ったら大間違いだ。
ドゥニャーシャ そんなつもりじゃありませんわ。(中略)
アーニャ ワーリャ、あの人あんたに申込みをして?
ワーリャ、首を振る。
アーニャ だってあの人、あなたを愛してるのよ。女装しててもかまわないって、そう言ってるんでしょう?
ワーリャ それはそうらしいのだけれど。
アーニャ もう、何を二人とも待ってるの?
ワーリャ わたし思うのよ、これは結局どうにもならない話だって。あの人は仕事が多いから、わたしどころじゃない。いっそどこかへ行ってしまってくれるといいんだけど。あの人の顔、見るのがつらいわ。みんな、わたしたちの結婚の噂をしているけれど、ほんとうは何もありゃしないの。夢みたいなものなのよ。
アーニャ ワーリャ……
ワーリャ あの人と一緒になってどうなるの? 私は人前に出られない、日陰の身の上。あの人はそのうち奥様を持つようになって、子供も何人も。私はどこにいればいいの?
アーニャ ロパーヒンさんは、そんな人じゃないと思うわ。
ワーリャ 私にもそれが信じられたら、そう信じさせてくれたらいいのだけれど。ともかく、よかったわ、無事に帰ってきてくれて。私、本当にうれしいの。
(中略)
ヤーシャが登場。
ヤーシャ ここを通ってもいいかしら?
ドゥニャーシャ まあ、見ちがえるようだわ、ヤーシャ。あんた、すっかり立派になって。知ってるわ、そういうなりのこと、ドラァグクィーンっていうんでしょ? いいわねえ。おっかないくらい。
ヤーシャ 誰だったかしら?
ドゥニャーシャ あんたがここを発った時は、あたしまだこんなだったわ……(床からの高さを手で示す)こんな。ドゥニャーシャよ、藤原酒店の。
ヤーシャ あら、そうだったの? 女装もずいぶん板についてきたわね。シャー!(などと言って脅かす)
ドゥニャーシャ、キャッと叫んで盆を落す。ヤーシャ退場。
ワーリャ、登場。ワーリャ また何かしたの?
ドゥニャーシャ (盆を拾いながら)なんでもありません。
(中略)
ラネーフスカヤ夫人、ガーエフ、ピーシチク、ロパーヒン登場。
ガーエフ 思い出すわね。この部屋はもともと私たち兄弟の子供部屋だったのよ。よく一緒に寝たものだったわね。それが今じゃどう? わたしももう五十一。
ラネーフスカヤ 五十六よ。お姉様。
ガーエフ あら、そうだったかしら? 時が経つのは早いものね。
ロパーヒン まったくそのとおりです。
ガーエフ 何か言って?
ロパーヒン いや、時が経つのは早い、まったくそのとおりだと。
ガーエフ あら、やだわ、この部屋は安い香水の匂いがする。
アーニャ わたし、もう寝るわ。おやすみなさい、ママ。
ラネーフスカヤ おやすみなさい。
アーニャ おやすみなさい、おばさま。
ガーエフ おねえさま。
アーニャ おねえさま。
ガーエフ ほんとうにおつかれだったわね。ありがとう。まあ、この子ったら、あなたの若い頃にそっくりじゃないの。
アーニャ 当たり前だわ。私はママの娘なんだから。
ガーエフ おやすみなさい。
アーニャ、退場。
ラネーフスカヤ あの子すっかりくたくたなのね。
ピーシチク 道中がさぞ長かったでしょうからな。
ワーリャ どうなすって、皆さん? やがて六時ですよ、そろそろ御神輿をお揚げになったらいかがです?
ラネーフスカヤ (笑う)お前、相変らずなのね、ワーリャ。このコーヒーを飲んだら、それでお開きにしましょうね。
ワーリャ 荷物がみんな来ているかどうか見て来ます。
ワーリャ、退場。
ラネーフスカヤ ほんとに、ここに坐っているのはわたしかしら? これが夢だったらどうしよう! わたし心の底から生れ故郷が好きですの、まるで母親に甘えるような気持ちで。それはそうと、コーヒーを頂かなくてはね。(フィールスに)ありがとう、爺や。お前が達者でいてくれて、ほんとに嬉しいわ。
フィールス おとといでございます。
ガーエフ 耳が遠いのよ。
ロパーヒン 奥様、わたしはこれからすぐ、今朝の七時すぎに、横浜へ発たなければなりません。じつに残念です! ぜひお話ししたいこともあったのですが……。しかし、相変らずお美しい。
ラネーフスカヤ (微笑んで)まあ……
ピーシチク むしろ器量があがられたくらいだ。目がくらんで、まともに見ていられないほどです。
ロパーヒン あなたの兄上(ガーエフ、咳払い)姉上ガーエフさんは、わたしのことを下品だ、強欲だと言われますが、わたしは一向平気です。なんとでも仰しゃるがいい。ただわたしの望むところは、あなただけはわたしを信用して頂きたいということです。わたしはあなたを肉親のようにお慕いしています。いや肉親以上にです。
ラネーフスカヤ わたし、じっとしてはいられない、とても駄目……(ぱっと立ちあがって、ひどく興奮のていで歩きまわる)嬉しくって嬉しくって、気がちがいそう。……わたしを笑ってちょうだい、ばかなんですもの。……なつかしい、わたしのサロン。子供部屋。
ピーシチク うちのかみさんがよろしくと申しておりました……
ラネーフスカヤ あら、そう。ピーシチクさん、よろしく言っておいてちょうだい。
ヤーコフが登場。
ヤーコフ 失礼します。ロパーヒンさん、こんなところにいらしたんですか、もう出かける時間です。
ロパーヒン ああヤーコフ、わかってる。もう帰るところだ。
ヤーコフ では……
ロパーヒン ちょっと待ってくれ。奥様、わたしはあなたに、何かとても愉快な、楽しい話がしたいのですが、おしゃべりをしているひまがありません……でまあ、ごくかいつまんで申しあげます。すでにご承知のとおり、お宅の桜の園は借財のカタで売りに出ておりまして、八月の二十二日が競売の日になっています。しかし、ご心配はいりません。どうぞ、ご安心ねがいたい。打つ手はあります。わたしの考えをよく聴いていただきたいのですが。あなたの領地、この桜の園は、新宿の駅からも近く、ついそばを地下鉄が通ったばかりです。それでもし、この桜の園とこの大きなお屋敷のサロンを、小さな地所に分割して、それを貸すことにしたら、あなたはいくら内輪に見積っても、年に二万五千の収入をおあげになれるわけです。
ガーエフ 分割して貸すですって?
ロパーヒン ええ、そうです。
ガーエフ 失礼だけれど、つまらないお話ね。
ラネーフスカヤ あなたのお話、どうもよくわからないわ、ロパーヒンさん。
ロパーヒン 家を建ててもいいし、店をやってもいい。とにかく売り払うよりはよっぽどいいでしょう。もし今すぐに広告を出せば、このわたしが保証しますが、秋になるまでには一っかけらの空地も残さず、みんな借り手がつきますよ。早い話が万歳です。ただ、もちろん、そこらをちょっと片づけたりはしなければなりません……例えば、古い建物はみんな取り払ってしまう。この屋敷なんかも大きなだけで使ってない部屋ばかりなんですから。それに、古い桜の園なんかもみんな伐り払ってしまう。
ラネーフスカヤ 伐り払うですって? まああなた、なんにもご存じないのねえ。このあたりで、何かしらちっとは増しな、それどころかすばらしいものがあるとすれば、それはうちの桜の園だけですよ。
ロパーヒン そのすばらしいというのも、結局はだだっぴろいだけの話じゃないですか。いくら見事な桜が咲いたって腹の足しにはなりません。
ガーエフ いけすかない提案ね。
ヤーコフ ロパーヒンさん?
ロパーヒン わかってる。これといった思案も浮ばず、なんの結論も出ないとなると、八月の二十二日には、桜の園はむろんのこと、領地すっかり、競売に出てしまうのですよ。思いっきりが肝腎です! ほかに打つ手はありません、ほんとです。ないとなったら、ないのですから。
フィールス 昔は、さよう四、五十年まえには、桜んぼを乾して、砂糖づけにしたり、ジャムにしたりしたものだった。それから、よく……
ガーエフ おだまり、フィールス。
フィールス それからよく、乾した桜んぼを、荷馬車に何台も積んで、市場へ出したもんでしたよ。大したお金になったもんです。あの頃は、こさえ方を知っていたんですな。
ラネーフスカヤ そのこさえ方は今どうなったの?
フィールス 忘れちまいましたので。誰も覚えちゃおりません。
ピーシチク (ラネーフスカヤに)神戸はいかがでした? 神戸牛は召し上がりましたか?
ラネーフスカヤ ええ、毎日いただいたわ。
ピーシチク こりゃ、おどろいた!
ロパーヒン この近くには元々内藤新宿の遊郭がありました。奥様は代々その流れを汲む、大地主の家柄。広い土地やお屋敷を大事にされたいのはわかります。奥様が何もなかったこの地を男たち、男を愛する男たちが集う場としてこのサロン「子供部屋」をお作りになったことも。豪華な秘密のサロンに集う男たち。華やかでにぎやかな社交界。ですが、時代は変わりつつあるのです。誰もがもっと気軽に立ち寄れる、そんな場がもとめられているのです。これから二十年もしたら、この界隈にやってくる男たちはどえらい数になるでしょう。そのあかつきには、お宅の桜の園も、ゆたかな、地上の天国になるでしょう。
ガーエフ くだらないわ!
(中略)
第二幕
野外。まもなく日の沈む時刻。
近くの寺の鐘の音。ねぐらへ帰る鳥たちの声。シャルロッタ、ヤーシャ、ドゥニャーシャが、ベンチにかけている。
シャルロッタはウィッグの手入れをしている。
エピホードフはそばに立って、三味線を弾いている。シャルロッタ わたし、自分がいくつなのか知らないの。それでいつも若いような気がしているわ。
ヤーシャ それは病気よ、現実逃避っていう。
シャルロッタ まだ子どもだったころ、父さんと母さんは町から町を渡り歩いて、見世物を出していた。わたしは宙返りをしたり、女の格好をして踊ったり、いろんな芸をしたものよ。父さんも母さんも死んでしまうと、私の芸を見込んだ、ある踊りのお師匠さんが、わたしを引取って芸を仕込んでくれた。勉強もさせてくれた。やがて大きくなると、踊りの流派を継ぐように言われた。結婚して子供をつくれ。お前を引き取ったのはそのためなんだから、見合いをしろって。娘さんたちの写真をいっぱい並べてね。私は逃げ出した。それきり帰ってない。だから、私はどこの何者なのかさっぱり知らないの。もう知りようもない。知りたくもない。
カラスの鳴き声。
シャルロッタ いろいろ話もしたいけれど、話し相手もなし……。わたしには誰もいないんだもの。
エピホードフ、三味線を弾いている。曲は「ふるさと」
(中略)
ロパーヒン 桜の園は、大地主のデリガーノフが買おうとしています。競売には、デリガーノフ自身がやってくるという噂です。
ラネーフスカヤ どこでお聞きになって?
ロパーヒン 町で、もっぱらの評判です。
ガーエフ 成城の伯母さんから、送ってよこす約束なんだけど……
ロパーヒン 幾ら送ってくれるんでしょう? 十万? それとも二十万?
ラネーフスカヤ そうね……一万か、せいぜい一万五千。
ロパーヒン ありえない。あなたがたのような世間知らずにはお目に掛かったことがありません。ちゃんと日本語で、お宅の領地が売りに出ていると申しあげているのに、どうしてわかっていただけないんでしょう。
ラネーフスカヤ 一体どうしろと仰しゃるの? 教えてちょうだい、どうすればいいの?
ロパーヒン だから毎日、お話ししてるじゃありませんか。桜の園は貸しに出す、それも今すぐ、一刻も早く。競売はすぐそこまで迫ってるって。いいですか! 桜の園を分割して貸し出すんです。月々の家賃収入であなたがたは安泰なんですから。
ラネーフスカヤ 分割して貸し出す。家賃収入。俗悪だわねえ、失礼だけど。
ガーエフ わたしも同感。
ロパーヒン ああ、たまらない。わたしは泣きだすか、怒鳴りだすか、それとも卒倒するかだ。あなたがたのおかげで、くたくたです!(ガーエフに)あなたは婆あだ、まるで!
ガーエフ そのとおり、婆あですけど何か?!
ロパーヒン ああ、もう!!
ロパーヒン、行こうとする。
ラネーフスカヤ ああ、行かないでちょうだい。ここにいて、ねえ。お願いだから。何か考えつくかもしれないもの!
ロパーヒン 今さら、考えることなんかないです!
ラネーフスカヤ 行かないで、お願い。あなたがいると、とにかく、とにかく気がまぎれるわ。
間
ロパーヒン (ため息をついて)わかりました。
ラネーフスカヤ わたしたち、あんまり罪を作りすぎたのよ……
ロパーヒン なんのことです、罪だなんて……。あなたがたが女の格好をしていることですか、僕が男として男を愛することがですか? それは違う。
ラネーフスカヤ (聴いていない)ああ、わたし罪ぶかい女だわ。世間体のために、愛してもいない女性と結婚したんです。ほんとうに罪深いことをしたわ。彼女は私を愛してくれた。私も彼女を愛していた。彼女は私のすべてを受け入れてくれた。アーニャとグリーシャもできた。でも、やっぱりつらかったのね。彼女は、お酒がもとで死にました。お酒に目のない人でしたけど、だんだん溺れるようになってしまって。これが最初の天罰。でも私はそれに気が付きもしないで、今度は私を幸せにするという男と一緒になろうとした。そうするのがいいと思ったの。ところが今度は坊やが溺れ死んだ。それでわたしは、この町を出たの。もう二度と帰ってはこない、あの川も見まい、と思って。わたしが無我夢中で逃げだしたのに、あの人は追っかけてきたの。わたしが軽井沢に別荘を買ったのも、あの人があそこに病みついたからで、それから三年というもの、わたしはホッとするひまがなかった。病人にいびり抜かれて、心がカサカサになってしまいました。幸せになれると思っていたのに。とうとう去年、借金の始末で別荘が人手にわたってしまうと、わたしは神戸へ行きました。そこで、わたしから搾れるだけ搾りあげた挙句、あの人はわたしを捨てて、ほかの女と一緒になった。……わたし毒を飲もうとしました。われながら浅ましい気がして。……ところが、急に帰りたくなったの。生れ故郷へ、この町に、ひとり娘のところへね。……(涙をふく)神さま、ああ神さま、どうぞこの罪ぶかい女をお赦しくださいまし! この上の罰は、堪忍してくださいまし!(ポケットから電報を出して)今日、神戸から来たの。……赦してくれ、帰って来てくれ、ですって。……(電報を引き裂くが捨てずにしまう)どこかで音楽がきこえるようね。(耳を澄ます)
ガーエフ あれは、有名な楽団よ。覚えてるでしょう。うちにも何度か来た。
ラネーフスカヤ あれ、まだあるの? なんとかあれを呼んで、夜会を開けないかしら。
ガーエフ いいわねえ。
ロパーヒン わたしには聞えませんけど。楽隊なんか呼んでる場合じゃないでしょう。
ラネーフスカヤ あなたも少しは趣味を持ったほうがよくってよ。
ロパーヒン 趣味ですか、それは余裕のある人間に許された特権です。私はそれどころじゃない。ただもう働くしかないんですから。わかってますよ。こんな暮らしが馬鹿げてるってことは。(間)うちの親父は田舎者のわからず屋で、わたしを学校にもやってくれず、酔っぱらっては殴りつけるだけでした。ゲイだってことがバレてからはなおさら。実家にはもう何年も帰ってません。
ラネーフスカヤ 一人でいるのはよくないわ。あなたもそう思うでしょ?
ロパーヒン それはまあ……
ラネーフスカヤ うちのワーリャはどう? いい子でしょう?
ロパーヒン たしかにそうですね。
ラネーフスカヤ ワーリャは、アーニャが生まれる前に、養子にもらった子なの。あの人と相談してね。アーニャとグリーシャが生まれてからも、変わらず私たちを愛してくれて、この屋敷の一切を仕切ってくれている。あのとおりの働きものだし、第一あなたを愛していますわ。それにあなただって。
ロパーヒン そりゃまあ、わたしも嫌いじゃありません。
(中略)
ワーリャ ねえペーチャ、そんな話より、どう、きのうの話の続きをしたら。
トロフィーモフ なんの話でしたっけ?
ガーエフ 人間の誇り、プライドのことよ。
トロフィーモフ きのうは、長いこと議論したけれど、結局、結論は出ませんでしたね。あなたの言われる意味で行くと、人間の誇りなるものには、何か神秘的なところがありますね。しかし率直に判断してみると、そもそもその誇りというもの自体怪しいと言わざるを得ない。げんに私たち人間がすこぶるみじめな境涯にある以上、誇りとかプライドとかいっても、なんの意味があるでしょうか。
ラネーフスカヤ そうかしら? みじめな境涯だからこそプライドが必要なのではなくて? 私たちはみな、小さな誇りを頼りに生きている。幼い子供がささやかなおもちゃを後生大事にいつくしむように。
ガーエフ そのとおり。でも、みんなどっちみち死ぬのよ。死んでしまえばそれでおしまい。プライドなんてものも消えてなくなってしまう。
トロフィーモフ その意見には賛成しかねます。第一、死ぬとは一体なんでしょう? もしかすると、人間には百の感覚があって、死ぬとそのうちわれわれの知っている五つだけが消滅して、のこる九十五は生き残るのかも知れない
ラネーフスカヤ なんてお利口さんなんでしょう、ペーチャ!
ロパーヒン (皮肉に)おっそろしくね!
トロフィーモフ 人類は進歩して行きます。今は理解できないことも、やがてわかる日がくるんです。
ラネーフスカヤ それはほんとう? 私たちがなぜこんなに苦しまなければいけないか、なぜ生きているのかわかる日がくるというの?
トロフィーモフ さあ、どうでしょう?
ガーエフ 頼りないわね。そこは自信をもってそうだって断言するところでしょう。
トロフィーモフ すみません。
ラネーフスカヤ ああ、それがわかったらどんなにいいでしょう。それがわかったら。
不意にはるか遠くで、まるで天からひびいたような物音がする。それは弦の切れた音で、しだいに悲しげに消えてゆく。
ラネーフスカヤ なんだろう、あれは?
ロパーヒン さあ、太宗寺の鐘では?
ガーエフ 鐘の音なわけないでしょ。
ラネーフスカヤ (身ぶるいして)なんだか厭な気持。
間
フィールス あの不幸の前にも、やはりこんなことがありました。
ガーエフ 不幸の前というと?
フィールス 売春防止法でございますよ。あれでこのあたりはすっかり寂れてしまった。
(中略)
アーニャ ワーリャをおどかしてくれたおかげで、やっと二人きりになれたわ。
トロフィーモフ ワーリャは、僕たちがもしや恋仲になりはしないかと警戒してるんです。僕がゲイなのに、あなたとばかり仲良くするのが気に入らないんです。奥様と同じように悪い男にひっかかりやしないかと思ってね。大きなお世話です。僕のあなたへの感情は、恋なんてものを超越してるんですから。
アーニャ ええ、わたしも。でも、それは普通、恋ではなく、友情と呼ぶのではなくて?
トロフィーモフ なんとでも呼べばいいんです。大切なのは名前ではなく、絆の深さと強さなんですから。そうは思いませんか?
アーニャ すてきだわ、あなたの話! 今日、ここはなんていい日なんでしょう!
トロフィーモフ ええ、すばらしい天気です。
ヤーコフ、登場。
アーニャ あら、ヤーコフさん、ロパーヒンさんなら、今、お帰りになりましたよ。
ヤーコフ ああ、そうですか。ペーチャ、こんなところにいたのか。そろそろ帰ろう。
トロフィーモフ ああ、ありがとう。
アーニャ あの、ヤーコフさん、風の噂に聞いたのだけれど、あなたがロパーヒンさんとお付き合いをしているというのは本当?
ヤーコフ いいえ、違います。彼はただの上司です。よくそう言われるのですが、誤解です。僕にはれっきとしたパートナーがいるので。
アーニャ まあ、そうなの。それはどなた? よかったら教えて。
ヤーコフとトロフィーモフ、手を繫ぐ。
アーニャ まあ、ペーチャと? ちょっと待って。さっきからいろいろお話をきいていたのだけれど、ちょっとわからなくなったみたい。(確認する)ペーチャはヤーコフさんとお付き合いをしているの?
トロフィーモフ そのとおりです。
アーニャ わかったわ! それも、恋を超越しているのね?
ヤーコフ もちろんです!
トロフィーモフ 僕たちは同士、ともにたたかう仲間なのですから。
ヤーコフ ああ。
アーニャ まあ、あなたたちのおかげで、わたしどうかしてしまったわ。でも、すっきりした気持ち。
ヤーコフ それはよかった。
アーニャ なぜかしら、私、前ほど桜の園が好きでなくなってしまった気がするの。あんなに、うっとりするほど好きだったのに。お母様が大切に守ってらした子供部屋のことも。
トロフィーモフ 今や、日本中がわれわれの庭なんです。世界は広く美しい。私たちの楽園は、限られたこの桜の園だけにあるわけではない。もちろん、こうした場が必要だったことは認めます。ですが、時代は変わりつつあるのです。私たちはもっと広い世界へ目を向けなければいけないのです。
ヤーコフ そうだとも。
アーニャ わたしたちの今住んでいる家は、もうとうに、わたしたちの家じゃないのよ。だからわたし出て行くわ。誓ってよ。
トロフィーモフ 出てらっしゃい。そして自由になるんです、風のようにね。
アーニャ すばらしい表現だわ!
トロフィーモフ 信じてください、アーニャ、僕を信じて!
アーニャ 信じるわ。
(中略)
第四幕
ロパーヒン、登場。
ロパーヒン 皆さん、いいですか、出発までに四十七分しかありませんよ! 少々お急ぎください。
トロフィーモフ登場。
トロフィーモフ 僕のリュックサックはどこなんだ。消えてなくなっちまったよ。(ドアの口へ)アーニャ、ぼくのリュックサックがないんです! 見つからないんです!
ロパーヒン (トロフィーモフに)どうだい、一杯やらないか?
トロフィーモフ いや、結構。
ロパーヒン 君は一体、大学に何年いるんだね?
トロフィーモフ またそれか、バカの一つ覚えみたいに。僕たちはこれで、二度と会う時はないだろうから、忠告させてもらうよ。その両手を振りまわくせをやめたまえ。
ロパーヒン (両手を広げて)両手をふりまわす?
トロフィーモフ ああ、そうだ。ここを買い取って新しい町をつくろうって話もそうだ。そんなことを考えること自体が両手を振り回すことなんだ。まあそれはそれとして、僕はやっぱり君が好きだ。君は役者か音楽家にでもありそうな、やさしい華奢な指をしている。そして君の心もちも、根はやさしくて親切なんだよ。
ロパーヒン (彼を抱いて)じゃこれでお別れだ。もしいるんだったら、道中の費用に少し持って行かんかね。(封筒を差し出す)
トロフィーモフ 気持ちだけ受け取っておくよ。ぼくは翻訳料をもらったんだ。ちゃんとこのポケットにある。(心配そうに)しかし、リュックサックがないんだ!
ワーリャ (隣の部屋から)さっさと持ってって頂だい、この汚ならしいもの! (リュックサックをほうり出す)
トロフィーモフ 何をそう怒るんです、ワーリャ? こりゃ僕のじゃない!
ロパーヒン 実はこの春、こことは違う町で土地を買ってまた売って、ちょっとばかし儲けることができたんだ。だから、それを貸したげようというのさ。そう気にすることはないじゃないか。おれたちは二人とも貧乏人の出なんだから。
トロフィーモフ やめてくれ、僕は自由な人間なんだ。君たちみんなが、金持も貧乏人も一様にありがたがって、へいつくばる物なんか皆、ぼくにとっちゃこれっぽっちの権威もない。僕は、君たちの世話にはならん、君たちがいなくたって立派にやって行ける。僕は強いんだ、誇りがあるんだ。人類は、この地上で達しうる限りの、最高の真実、最高の幸福をめざして進んでいる。僕はその最前列にいるんだ!
ロパーヒン 行き着けるかね?
トロフィーモフ 行き着けるとも。(間)自分で行き着くか、さもなけりゃ、行き着く道をひとに教えてやる。
ヤーコフ登場。
ロパーヒン ああ、ヤーコフ、今行く。出発を見送ったら、すぐにおれたちも出かけるぞ。
ヤーコフ あの、それなんですけど。お暇をいただきたいと。
ロパーヒン なんだって?
ヤーコフ 退職願いです。(封筒を差し出す)
ロパーヒン なんだ、急に。
ヤーコフ いろいろ考えたんですけど、トロフィーモフと一緒になろうと思うんです。
ロパーヒン 一緒になる? どういうことだ?
トロフィーモフ ああ、二人で農業を始めようと思うんだ。人里離れた土地を開墾してね。
ヤーコフ これからの人生を考えたんです。都会でずっと暮らしていても、幸せなのかって、人に使われていても幸せなのかって。
ロパーヒン そうか、幸運を祈ってる。
トロフィーモフ そういうわけなんで、ヤーコフはいただいていきますよ。
ロパーヒン かまうもんか、僕のもんじゃない。じゃあ、これはお祝いと退職金だ。
先ほど引っ込めた封筒を出す。
トロフィーモフ いや結構。
ヤーコフ ありがとうございます。いただいておきます!
遠くで、桜の木に斧を打ちこむ音がきこえる。
ロパーヒン じゃ二人とも、ご機嫌よう。もう出かける時刻だ。時は遠慮なく、どんどん過ぎて行く。それでも、疲れも知らず働いていると、自分がなんのため生きているのか、わかるような気がする。それがわからず判ろうともしないで生きている人間が大勢いるけどね。世間のうわさじゃ、ガーエフさんが職に就いたそうだが、続きそうもないな。
トロフィーモフ 同感だ。きみは奥様にここに残ったらどうかと言ったそうだね。屋敷も一部を残すからと。
ロパーヒン ああ、そうなんだ、でも、断られたよ。俺の世話にはならないって。ずいぶんお願いしたんだが。
トロフィーモフ それがあの人のプライドってことなんだろう。
(中幕)
ドゥニャーシャ登場。ヤーシャによく似たドラァグクィーンの格好。
ドゥニャーシャ (ヤーシャに)ヤーシャ、私を見て。
ヤーシャ なにその格好?
ドゥニャーシャ 私、あんたみたいになろうと決めたの、ヤーシャ先輩みたいに。
ヤーシャ 先輩って……
ドゥニャーシャ 私、あんたに捨てられたと思った。
ヤーシャ 人聞きの悪いこと言わないで。わたしはあんたを捨てた覚えも拾った覚えもないから。
ドゥニャーシャ でも、だいじょうぶ、私は捨てられた自分を自分で拾ったの。私、あんたみたいに生きていくわヤーシャ先輩。ねえ、どうしたらいい?
ヤーシャ それを私に聞く?
ドゥニャーシャ お願い、教えて。
ヤーシャ そうね。私はこう思ってる。どうせ一度きりの人生なんだから、好きなように生きるって。どんなことがあっても後悔しないためには、好きなことを好きなだけして生きることが大事だと思うから。誰になんと言われようとね。
ドゥニャーシャ ああ、いいわね。そうできたら。でも、あたし華奢な女なのよ、こう見えて。デリケートな繊細な女なのよ。
ヤーシャ じゃあ、その生き方を楽しんだらいいんじゃない? でも、泣き言を言うのはやめることね。誰か来た。さあ、行きなさい、
ドゥニャーシャ わかったわ! ありがとう、ヤーシャ先輩。
ヤーシャ やれやれ。
ドゥニャーシャ、退場。
(中幕)
ラネーフスカヤ あの子はあなたを愛していますし、あなたもあれがまんざらでもなさそうなのに、わからないわ、どうもわからない、なぜあなたがた二人は、おたがい避け合うようなふうをなさるのか。わからないわ!
ロパーヒン わたし自身も、じつはわからないんです。どうも何かこう妙な具合でしてね。……まだ時間があるようなら、わたしは今すぐでも結構です。……一気に片をつけて――あがりにします。あなたがいらっしゃらなくなると、どうもわたしは、申込みをしそうもありませんから。
ラネーフスカヤ いいわ、それでは、すぐあの子を呼びましょう。わたしたちは向うへ……ヤーシャ、おいで! いま呼びますからね……(ドアの口へ)ワーリャ、そこはほっといて、こっちへおいで。さ、早く!
ヤーシャとともに退場。
間
やがてワーリャ登場。ワーリャ (長いこと、あれこれと荷物を調べる)おかしいわ、どうしても見つからない……
ロパーヒン 何がないんですか?
ワーリャ 自分でしまいこんだくせに、思い出せなくて。
間
ロパーヒン あなたはこれからどうされるんです? ワーリャさん?
ワーリャ わたし? 私は武蔵小杉へ行きます。……あすこで家政婦をすることになりましたの。女執事とでもいうのかしら。まだよくわからないのだけれど。
ロパーヒン そうですか。(間)いよいよこの家の生活もおしまいになりましたね。
ワーリャ どこへ行ったんだろう……ええ、この家の生活もおしまいですわ……もう二度と返っては来ませんわ。
ロパーヒン わたしはこれからすぐ、横浜へ発ちます。この汽車でね。どうも仕事が多くてね。この屋敷うちには、エピホードフを置いておきます。あの男を雇ったのでね。
ワーリャ あら、そう、エピホードフを……
ロパーヒン 去年の今ごろは、もう雪がふっていましたね。ところが今は、おだやかで、日が照っています。出発にはいい日、いい日旅立ちだ。
ワーリャ ……ほんとうにそうですわね。
間
ヤーコフ (ドアの口で)ロパーヒンさん!
ロパーヒン (とうからこの呼び声を待っていたかのように)ああ、今行く!
ロパーヒン、急いで退場。
ワーリャは笑い出すが、やがて泣く。
ラネーフスカヤ夫人がはいってくる。ラネーフスカヤ どうだったの?(間)もう行かなくちゃ。
ワーリャ (もう泣きやんでいて、眼をふく)ええ、時間ですわ、ママ。わたし今日のうちに、武蔵小杉へ着けると思うわ。汽車に乗りおくれさえしなければ。
ラネーフスカヤ (ドアの口へ)アーニャ、支度はいいの?
(中略)
ワーリャ ペーチャ、あったわ、あんたのリュックサック。なんて汚ならしい、おんぼろなの……
トロフィーモフ (リュックを背負いながら)さあ行きましょう、皆さん!
ラネーフスカヤ 行きましょう!
ロパーヒン みんなお揃いですね? さあ行きましょう!
アーニャ さようなら、わたしの家! さようなら、古い生活!
トロフィーモフ ようこそ、新しい生活! ……
トロフィーモフ、アーニャと一緒に退場、
ワーリャは部屋を一わたり見まわし、ゆっくりと退場。ヤーシャ、およびシャルロッタも退場。ロパーヒン さ、行こうじゃありませんか、皆さん。では、春まで、ご機嫌よう!
ロパーヒン、退場。
ラネーフスカヤとガーエフ、ふたりだけ残る。
部屋を眺めながら……ガーエフ どうしてここを出ていくの? ロパーヒンは、ずっといていいって言ったのでしょう? あの人の好意を無にするの?
ラネーフスカヤ ちゃんとお礼は伝えたわ。ありがとう、気持ちだけいただくわって。
ガーエフ あなたにも見せたかったわ。競売の時のあの人のようす。
ラネーフスカヤ まあ、どんなだったの?
ガーエフ デリガーノフがどんどん金額をつり上げていくのに、あの人が対抗していくようすといったら。ムキになって顔を赤くして、こぶしを振り上げて。まるで少年のようだった。あなたに桜の園を残したい一心だったのかもしれなくてよ。
ラネーフスカヤ まさか、そんなこと。
ガーエフ わからないわよ。今となっては。そうじゃなくて?
ラネーフスカヤ 今の話をきいたら、余計にこの桜の園が美しくかけがえのないものに思えてきたわ。
ガーエフ まあ……
ラネーフスカヤ そして、思い残すことなく、ここを出て行けるような気持ちにもなれた。
ガーエフ そうね、たしかに。
ラネーフスカヤ ああ、わたしのいとしい、なつかしい、美しい庭! ……わたしの生活、わたしの青春、わたしの幸福、さようなら! ……さようなら!
アーニャの声 ママ!
トロフィーモフの声 おーい!
ラネーフスカヤ いま行きますよ!
ラネーフスカヤとガーエフ退場。
舞台空になる。
フィールスが現われる。フィールス 錠がおりている。行ってしまったんだな。(腰をおろす)わしのことを忘れていったな。……なあに、いいさ……まあ、こうして坐っていよう。一生が過ぎてしまった、まるで生きた覚えがないくらいだ。……(横になる)どれ、ひとつ横になるか。……ええ、なんてざまだ、精も根もありゃしねえ、もぬけのからだ。……ええ、この……出来そこねえめが!
はるか遠くで、まるで天から響いたような物音がする。
遠く庭のほうで、木に斧を打ちこむ音だけがきこえる。間
ロパーヒンが登場。
ロパーヒン なんだ、やっぱりここにいたのか? あぶない、あぶない。おい、フィールス、病院へ行くんだ。
フィールス わたしはここにいられればいいんで、どうぞおかまいなく。
ロパーヒン お前がかまわなくても、おれがかまうんだ。こんなところで死なれたら、せっかくの資産価値がだいなしだからな。行くぞ。
フィールス わたしはここにいます。
ロパーヒン フィールス! まあ、いいだろう。もう少ししたら出かければ。
フィールス お昼がまだでしたら、すぐに用意をさせますから。おーい。
ロパーヒン いや、結構。
間
ロパーヒン みんな行ってしまったな。
間
ロパーヒン おれは、ここがこれからどうなるか考えてみる。ここだけの話だが、この桜の園は広すぎる、おれ一人の手には負えない。結局、半分は東京都の公園として残すことになった。桜の園は名前を変えて、みんなの公園になるんだな。春には花見客でにぎわうことだろう。そして、もう半分は、予定通り、男たちが集まる町になる。誰もが気兼ねなくやってこれる町。この町、新宿二丁目は、世界的にも有名なゲイタウンになるんだ。まあ、何年先、何十年先のことかわからないけどね。この町を出ていった人たちもいつか帰ってくるだろう。おれにはそう思えてしかたないんだ。おれにはふるさとというものがないから、この町がおれには故郷のようなものなんだ。帰るところのない人間にとっての帰る場所、そんな町があったらいいと思わないか? ここがそんな町になったらいいと思わないかい?
フィールス、眠っている。
ロパーヒン 眠ってるのか? まあ、いい。おれも一眠りするか。
ロパーヒン、椅子にかけて目を閉じる。
音楽。
ここを出て行った人たちが戻ってくる。
ワーリャ、ロパーヒンの肩に手を置く。
ロパーヒン、目を覚ます。
立ち上がり、振り返ると、そこには帰ってきた人たちがいる。
一同、目の前に広がる、桜の園を見ている。幕